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名古屋高等裁判所 昭和26年(う)367号 判決

控訴人 被告人 屋敷市三郎 外四名

弁護人 島田武夫 外三名

検察官 小西茂関与

主文

被告人屋敷市三郎に対し、原判決を破棄する。

被告人屋敷市三郎を懲役壹年に処する。

但し此の判決確定の日より参年間、右刑の執行を猶予する。

押収に係る白地カツター及び開襟シヤツ各一枚(証第一号)、えんじ色夏帯一本(同第二号)、紺ラシヤ地オーバー一着(同第三号)、白絹ワイシヤツ一枚(同第四号)、白羽二重生地二反(同第五号)、押収に係る工事竣功検査復命書一通及びこれに一括添付された書面(証第十六号)、物品購入伺一通及びこれに一括添付された書面(証第十七号)は、いずれもこれを没収する。

被告人屋敷市三郎より金六百円を追徴する。

訴訟費用中、証人五東竹次郎(第一回)、同石崎行道、同松村清三、同一村博夫、同酒井小一郎、同中村辰作、同高田耕、同宮崎博至、同城岸和市、同長井長左衛門、同佐々木幸子、同中川健吉、同天富直次、同中山貞雄、同池田朔郎、同清水米蔵、同松川善一、同森田純三、同七山仁三郎に支給した分は、被告人屋敷市三郎の、相被告人角外雄、同高田甚太郎との連帯による、負担とする。

被告人角外雄、被告人高田甚太郎、被告人嶋順造、被告人森金吾の本件各控訴を棄却する。

理由

弁護人島田武夫の控訴趣意は、昭和二十六年六月十九日付控訴趣意書、弁護人高井千尋の控訴趣意は、同年六月二十九日付控訴趣意書並に同年八月一日付控訴趣意補充陳述書、弁護人宮林敏雄の控訴趣意は、同年六月二十六日付控訴趣意書、弁護人正力喜之助の控訴趣意は同年六月三十日付控訴趣意書に、それぞれ記載してある通りであるから、此処にこれを引用する。

弁護人島田武夫論旨第一、第二点、弁護人高井千尋論旨第一、第二、第三、第四、第六、第七、第九点弁護人宮林敏雄論旨第一、第二点、弁護人正力喜之助論旨第四点について。

原判決挙示の証拠により、原判示第一、第二、第三、第四の各事実を肯認するに十分である。弁護人は、「原判示供与、収受の各所為は、いずれも、社交的儀礼の範囲を超えるものでない。」旨主張するが、原判決挙示の各証拠、ことに被告人森金吾の司法警察員に対する各供述調書、被告人角外雄、同高田甚太郎の検察官に対する供述調書の各記載、原審第三回公判調書中証人五東竹次郎の供述記載等を綜合すれば、これ等の所為は決して、単純な社交的儀礼の趣旨で為されたものでなく、土木出張所員と工事関係者との間に、公務員の清廉を阻害し、職務の公正な執行を妨げる一種の情実関係を成立せしめることを目的としたものであつたこと詳言すれば、五東竹次郎及被告人森金吾が自己の関係する土木工事につき、いずれも富山縣福野土木出張所の職員である被告人屋敷、同高田、同角等より、適切な指導監督、其の他寛大な取扱を受けたことなどに対する謝礼等の趣旨で、同人等に対し、原判示のような金品を供与し、被告人屋敷等は、その趣旨を諒承しながら、これを収受したものであることを肯認するに足る。弁護人は、原審第三回公判調書中証人五東竹次郎の供述を基礎とし、該供述に信を措く限り、原判示第一(三)の事実を肯定することが出来ないと主張するけれども、五東証人の供述のみに拠つては、或は、原判示第一(三)の事実の全部を証明するに足りないものがあるとしても、これに原判決挙示の其の余の証拠を綜合すれば、優に該事実を肯認することが出来る。弁護人は、「叙上被告人屋敷、同角、同高田の各金品収受、並に、被告人森のこれに対応する供与は、いずれも被告人屋敷等の職務に関して為されたものでない。」と主張するが、原判決挙示の証拠によれば、被告人屋敷は、富山県福野土木出張所長として、管下に於ける県直営並に県費補助に係る各種土木工事に関する調査、設計、工事の指導監督等の職務を掌理していた者であり、被告人角は、右福野土木出張所の次席として、所長を補佐し、(所長に長期の事故がなかつたので、正式に所長代理の辞令を受けたことはなかつたが、)所長差支の場合には、随時其の職務を代行していた者であり、被告人高田は同出張所員として、所長の命を承け、同所に於ける諸般の事務を執行し殊に、管下城端区域を自己の担当区域とし、同区域内に於て施工された富山県東礪波郡大鋸屋村の県費補助による村道工事、礪波工業株式会社の請負に係る山田川沿岸堤防災害復旧の工事等に対する指導監督の事務を直接担当していた者であることを各認め得るから、従つて、被告人屋敷は管轄土木出張所長として、被告人角は同所次席として、被告人高田は直接の事務担当者として、それぞれ前記村道工事、堤防工事等に対する指導監督の任に当つていた者であることが明白であり、しかも、また前記の証拠によれば、同人等がこれ等の工事に関し、工事関係人から、原判示の報酬を受領したものであることを肯認し得るから、これ等の事実を綜合すれば、右収受供与の各所為は、被告人屋敷、同角、同高田の各職務に関して為されたものであることを肯認すべきである。弁護人は原判示第三(一)(ハ)第四(三)(ハ)の事実に関し、「被告人高田甚太郎は被告人森金吾より金壱万円を借受けたものであつて、贈与を受けたものではない」と主張するけれども、原判決挙示の証拠、就中、被告人高田甚太郎の検察官に対する第四回供述調書、被告人森金吾の検察官に対する第二回供述調書の各記載によれば、被告人高田は、該金員を受領するに当り、借用証書を作成せず、弁済期、利息等の定めをすることもなく、本件検挙に至るまで何等返済の方法を講じていなかつたことが明かであつて、これによつてこれを観れば、被告人高田は、貸借名下に、金員借用の利益を無期限に享受していたものと言うの外なく、従つて同人の所為は、消費貸借契約上の利益を享受したものでなく、原判示の通り金員収受の利益それ自体を完全に享受したものであることに帰着するから、原判決は事実を誤認したものでない。また、弁護人は原判示第三(二)の事実につき、「被告人高田甚太郎が、五東竹次郎から白羽二重を受領したのは、大鋸屋村の村道工事について、職務をはなれ、個人として、設計其の他につき尽力したことに対する謝礼の趣旨であつた。」と主張するが、此の点に関する原審第八回公判調書中、証人五東竹次郎の供述記載は措信し難く、他に該主張事実を確認するに足る資料がない。そうして見れば、以上の諸点に関する論旨は、すべて其の理由がない。

弁護人宮林敏雄の論旨第三点について。

原審が所論の証拠申請を却下したとしても、証拠の採否は原審承審官の専権に属するところであつて、何等当事者主義の原則に違背するものでなく、記録を精査しても、原審の訴訟手続に違法の点を見出し得ないから、論旨は理由がない。

弁護人島田武夫の論旨第五点について。

原判決を検すると、原審は、被告人屋敷市三郎が収受した洋服地一着分及び白羽二重三ヤールを、それぞれ仕立てることによつて出来上つたオーバー一着(証第三号)ワイシャツ一枚(証第四号)に、各賄賂性を認め、これを没収する旨判示していることが明白である。弁護人は、「前記オーバー及びワイシャツは、加工によつて生地が他の物と合体し、一個の新しい物体に変更したものであるから、斯る物体を没収することは許されない。」旨主張するけれども、賄賂として収受した洋服地又は羽二重生地を用いてオーバー又はワイシャツを製造したような場合は、いまだもつて、其の現物を没収することが出来ない程度に、加工変形したものと言うことを得ないのみならず、既に截断されてしまつたオーバー裏生地や、縫糸、紐釦のようなものについては、これを分離して別に処分する必要がある程度の経済的価値を、認め得ないから、原判決がこれ等加工によつて出来上つた製品の全部を一体とし、各其の没収を言渡したことは、いずれも相当であると思われる。論旨は採用するを得ない。

弁護人正力喜之助の論旨第三点、同高井千尋の論旨第五点について。

弁護人は、「文書作成の権限を有する者が、権限の範囲内で、公益のため内容虚偽の文書を作成しても、文書偽造罪は成立しない。」と主張し、また、「原判示の公文書は、いずれも誤つた手続によつて作成された無効の文書であるから、斯る文書については、偽造罪の成立する余地がない。」と主張するけれども、刑法第百五十六条第百五十五条第一項の罪は、文書を作成する権限を有する公務員が、其の職務に関し、行使の目的で、内容虚偽の公文書を作成することによつて成立するものであることは言うまでもなく、該文書作成の目的が公益にあると否とにより、また、文書作成の手続に違法の廉があると否とにより、或は該文書の法律上の効力如何により、同罪の成立に何等の消長を来すことがないから、此の点に関する論旨もまた其の理由がない。

弁護人島田武夫の論旨第三、四点、同高井千尋の論旨第十、十一点、同正力喜之助の論旨第一、二点について。

原判決挙示の各証拠を綜合すれば、原判示第五(一)(二)の各詐欺の事実を肯認するに十分である。弁護人は、「被告人屋敷、同高田、同島等の原判示の所為は、富山県福野土木出張所の経常費を捻出することを目的としたものであつて、私利私欲に基いたものでないから、たとえ、同人等が富山県出納事務関係者を欺罔し、同県金庫より原判示金員の交付を受けたとしても、同被告人等には、該金員を不法に領得する意思がなかつたものであり、また右の金員は、福野土木出張所の経費に充てられ、何等不正な使途に費消されたものでなかつたから、従つて同被告人等に於てこれを不法に領得した事実もなかつたものである。」旨、主張するが、前記の証拠によれば、判示第五(一)の事実に於ては、被告人屋敷、同高田の両名が、判示第五(二)の事実に於ては、被告人屋敷、高田、同島の三名が、それぞれ共謀の上、原判示のような工事を施行した事実、若しくは原判示のような物品を購入した事実が全くなかつたにも拘らず、斯る工事を施行し、又は斯る物品を購入するものであるかの如く、虚構の事実を記載した文書を作成行使して、富山県金庫出納事務関係者を欺罔に陥入れ、因つて、前記のような工事を請負つた事のない礪波工業株式会社及び前記のような物品を販売した事のない森金吾に対し、それぞれ原判示の金員の支払を為さしめたこと、並に被告人屋敷は、右会社及び森に対し、予め其の情を打明け、これ等の者をして一旦該金員を受領せしめた上、その後これを自己に交付せしめたものであること、すなわち被告人屋敷等は、第三者をして、富山県の公金を不法に領得せしめた上、その者をしてこれをさらに自己に交付せしめ、斯くして受領した金員を叙上福野土木出張所の経費に充当しようと企て、虚偽の文書を作成行使して、富山県金庫出納事務関係者を欺罔し、よつて、原判示の金員を、受領の権利なき第三者に支払わしめ、共犯者たる第三者の手に依つて該金員を不法に領得したものであることを肯認するに十分であつて、そうして見れば、被告人屋敷、同高田、同島等の原判示第五(一)(二)の所為は、いづれも不法領得の意思に基いて金員を不法に領得したものに外ならないから、論旨は理由がない。

弁護人島田武夫の論旨第六点、同高井千尋の論旨第八点について。

記録を精査し、被告人屋敷市三郎に対する原審量刑の当否に付案ずるに同被告人の原判示第一の所為は、公務員たる被告人が其の職務に関し賄賂を収受したものであり、第五(一)(二)の所為は、虚偽の事実を記載した公文書を作成行使して公金を騙取したものであつて、これ等各所為に対する被告人の刑責には、もとより決してその軽視を許さないものが存するけれどもしかしながら、被告人の収受した賄賂の価額は比較的僅少であつて、且、いずれも物品に限られ、金員を収受したことなく、被告人の詐欺の所為は、その動機が私利私欲に発したものでなく、騙取した金員は悉く福野土木出張所の経費に充当せられていることなどの諸点を斟酌するときは、未だ嘗て刑罰に処せられた事跡の認むべきものがない同被告人に対し、懲役一年の実刑を科した原審の量刑は重きに失し相当でないと認められる。論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。

よつて、刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十一条に則り、被告人屋敷市三郎に対し原判決を破棄した上同法第四百条に従い次の通り判決する。

被告人屋敷市三郎に対する原審認定の事実に法律を適用すると、判示第一の各収賄の点は各刑法第百九十七条第一項前段に、各虚偽有印公文書作成の点は各同法第百五十六条第百五十五条第一項第六十条に、各其の行使の点は各同法第百五十八条第一項第百五十六条第百五十五条第一項第六十条に、各詐欺の点は各同法第二百四十六条第一項第六十条に該当するところ、各虚偽有印公文書作成、同行使、詐欺の間には順次手段結果の関係があるので、同法第五十四条第一項後段第十条に則り各最も重い虚偽有印公文書行使罪の刑に従い、以上は同法第四十五条前段の併合罪であるから、同法第四十七条本文第十条に則り最も重い判示第五(一)の虚偽有印公文書行使罪につき定めた刑に法定の加重を為した刑期範囲内で同被告人を懲役一年に処すべく、諸般の状況に鑑み刑の執行を猶予すべき情状ありと認め同法第二十五条に従い、此の判決確定の日より三年間右刑の執行を猶予すべく、押収に係る証第一号乃至第五号の物件は犯人の収受した賄賂であるから同法第百九十七条の四前段に則り、各これを没収すべく、押収に係る証第十六号並に第十七号の各文書は、いずれも判示虚偽有印公文書作成の犯罪行為によつて生じた物件で何人の所有をも許されないものであるから同法第十九条第一項第三号第二項に則り、各これを没収すべく、被告人屋敷市三郎が収受した賄賂中煙草ピース十個は同被告人に於てこれを消費しこれを没収することが出来ないから同法第百九十七条の四後段に従い其の価額を追徴することとし、訴訟費用の負担については刑事訴訟法第百八十一条第百八十二条に則り主文掲記の部分につき全部同被告人をして其の負担を為さしむべきものとする。

被告人角外雄、同高田甚太郎、同島順三の本件各控訴は刑事訴訟法第三百九十六条に則りいずれもこれを棄却する。

(裁判長判事 吉村国作 判事 小山市次 判事 沢田哲夫)

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